ブスはギャル雑誌小悪魔agehaを読め
いやギャルて!今までと方向転換し過ぎやろ!
と思った方。スタンスは今までと変わりません。清純と言えば聞こえはいいですが、あくまで無難系、いや地味系でいきます。
目次
- ブスが多用!美人の後ろ盾現象
- 美人は性格が悪い?…のかもしれないけど
- 美しい、という才能はその人だけのもの
- 本当に美人になることが目的なのか
- 目的に気づいたブスのすべきこと
- 女性誌の煽りと女性の自立
- 愛されることに執着しなくていい
- やっぱり見た目変えなきゃいけないの?
ブスが多用!美人の後ろ盾現象
non-noを定期購読しているそこのブス。意識の高さは評価されるべきものですが、効果は払ったお金に見合ったものになっていますか。可愛い本田翼さんを眺めておけば自分も可愛くなれた気分になっていませんか。
この虎の威を借る狐理論ならぬ美人の威を借る系ブスは、日常でも頻繁に出没します。
友達に可愛い子を選び、内心自分が一番カワイイのにその子を「可愛い可愛い」と褒め称え、私は美人に嫉妬していないアピールをし、インスタに載せて暗にトロフィーとしての美人を獲得していることを自慢したがる…そんな無駄なことをしていませんか。
可愛い子と一緒にいても別にあなたは可愛いくありません。大して可愛いくなりもしません。
どんなに性格の良い子でも、"可愛い子"は正直ブスを下にしか見られません。周りからの対応が目に見えて違うからです。
これは美人は性格悪いってネガティブアピールしたい訳じゃないです。「つねったら痛い」くらい、これは構造的に当たり前のことです。不可抗力なので、仕方ないことです。
美人は性格が悪い?…のかもしれないけど
あと「美人は性格悪い」って負け惜しみ言いたがる人がよく居ますけど、それがどうしたんだろう、と思いますね。
例えば「イチローは野球出来るけど料理は下手」って言われても「???…だからどうした?」ってなります。評価のベクトルが違うところにあるものを並べても意味がないです。
才能がある人は他の分野で他人より劣っていようが、凡人とは一味違う"才能ある人"として君臨していいんです。
顔の美しさも才能の一つだと考えています。才能は神様からのプレゼントです。
美しい、という才能はその人だけのもの
ということはですね、才能は生まれ持ったものであり、渡したくても他人に渡す事ができないものです。生まれた時に自分に内装されてくっついてるものだから。
美人である才能を他人のブスが享受しようとしても限界があります。
自分が他人より苦労せず、さして努力もしてないのに出来てしまう分野のことを思い浮かべてください。
コツを他人に教えたくても、感覚的に出来てしまう事なので、表面的なことしか助言出来ず、相手は「前よりはちょっと進歩したな」くらいの上達しかしなかったはずです。あなたと同レベルにはならなかったはずです。
もし同レベルになろうとしたらかなりの時間と労力を割かなければならない。あなたはいとも簡単にやってのけられるのに。
美人はいとも簡単に美人でいられますが、あなたはアドバイスしてもらったとしても、美人にはならないです。
又は大量の時間、お金、労力、努力などを費やしてやっと美人に近いところにたどり着きます。
本当に美人になることが目的なのか
目的が美人になる事自体だとそれでもいいのですが、自分の本当の欲求を、立ち止まって自分に聴いてみてください。
単にモテて承認欲求を満たしたいだけが目的なら、他のルートを探した方が賢明です。美人になる方法と比べたら、お金もかけず今の自分と大して変化もさせずに目的を達成させる方法ならいくらでもあります。
ブログではそういうことを少しずつ記事にしていきたいと思います。
目的に気づいたブスのすべきこと
non-noで可愛い子見てても一向に自分には反映されないことがわかりました。では、ブスは何をみればいいのでしょう。
ここで出てくるのがギャル雑誌、小悪魔agehaです。
non-noは「美しさという才能を持ち合わせているカリスマたちを寄せ集め、人々の注目が集まったところで企業が売り出したい商品を宣伝するためのカタログ」です。
カリスマ性は商品のための客寄せだから、カリスマがカリスマたる所以がピックアップされることはありません。参考になるとしたらそこなのですが。
対するagehaは、女性誌の性質上、上記のような意味合いも多分に含まれているのですが、「ブスの素材を力技で美しく見せる方法」も載っています。カリスマの才能は盗めません。でも、「ブスが綺麗になる技術」は盗めます。
コンセプトも「元から可愛い子は読まなくていい雑誌」↓と、自らコンプレックスがある層にラブコールしてる雑誌です。
女性誌の煽りと女性の自立
あと、個人的に表紙の煽り文がこの雑誌の読者の自立した女性像を連想させるので好きです。
読者層が、学生等ではなく、社会に出て、夜のお店で実際にバリバリ働いているお姉様方だからそれが自然と言えばそうです。
王道派女性誌は常に受け身的です。愛され待ちです。事実そういう態度でおとなしくしていた方がモテるのですが。
そういう事実があることを受け止め、表面的には「愛され」仕様を装備しその恩恵を受け、一方精神的、物理的には自立し、たくましく生きるのが一番賢いです。
いずれ「愛され」仕様はだんだん以前ほどは使い物にならなくなります。消費期限が切れる前に一時的な娯楽の消耗品程度に楽しく利用するべきです。
間違っても雑誌の言うことを真に受けて、本気で全て受け身で依存的になってはいけません。
愛されることに執着しなくていい
男の人は親切にしてくれることは沢山ありますが、あなたを苦しみから救い出してくれるとか、そんな都合のいいことはしてくれません。逆にあなたがいくら「相手のため」に男の人に尽くしても彼の苦しみを解放することはできません。
みんな自分が他人に影響を与えられると思いすぎです。それぞれの苦しみは各々本人が解決することでしか解消されません。
女の子は男性に夢見すぎです。
頼られることが好きな男の人は多いので、その人と自分が楽しめる時間を作るために依存的な態度をサービスとして取るのはいいです。相思相愛の場合「私、あなたがいないともうダメかも(はーと」とか重くない感じで彼女に言われたら嬉しいだろうし。
でも本気で「あなたがいないとダメ」になってはいけません。あなたは一人で生きていけます。
男の人がいなくても本当は平気です。お金だって自分で稼ぐし、自分が叶えたい野望もあるし、相手が例え恋人であれ、あなたの権利を奪ってくる人間は、自分のために拒否します。
「愛され」仕様が流行しそこから外れたら損するからと言って、内面まで洗脳されきる必要はないです。心の底から依存していると、依存先に手を切られた瞬間にうまくいかなくなります。
せめて依存先を複数作って保険をかけておくとか、自分のためにドライに根回しができる程度の「自律性」は欲しいですね。
やっぱり見た目変えなきゃいけないの?
今の自分と大して変化させずにモテる方法あるって言ってきたのに、綺麗になろうとすることを勧めるのは、発言が矛盾しているようですが、そうではありません。
外見を変えなくてもモテることは十分可能です。手間いらずなので、まずはそれにチャレンジしてみてください。
問題は誰にモテるか、です。ここを決めるのが外見です。
今集まっている人より、よりグッドルッキングな男の人にモテたかったら容姿を磨くしかないです。女の人は容姿抜きで恋愛を語るのは不可能です。
要するに、変えたければ変えれば、今よりさらに良い思いが出来るし、別に変えなくても今より良い境遇に行くルートがあるってことです。
どこの場所にたどり着けば満足するかは、あなたが決める事です。目的地に沿った手段を選べば、そこに到着します。
手段が「外見」を選ぶか「内面」を選ぶかで到着場所が変わります。
端的に表すと、
- 外見向上→寄ってくる異性の平均のレベルが上がる
- 内面向上→寄ってくる異性の人数が増える
てことです。
内面を変える方が、簡単でお金もかからず効果もわかりやすいので、何にもしたことがない人には、まずはそっちを勧めます。
内面変えて、その状況に慣れてきたら外見に投資していくといいです。